賃貸経営において、オーナーを悩ませる代表的なテーマのひとつが「原状回復」をめぐるトラブルです。退去時の精算で話がこじれると、金銭的な負担だけでなく、精神的なストレスや空室期間の長期化にもつながります。実際に、「敷金・原状回復」に関する相談は国民生活センターにも毎年寄せられており、決して珍しい問題ではありません。
多くのトラブルは、「原状回復のルールを正しく理解していない」「入居・退去時の記録が不十分」「管理会社との役割分担が曖昧」といった、準備とコミュニケーション不足から生じています。この記事では、国土交通省のガイドラインや改正民法の考え方に加え、退去立会いの現場を数多く経験している管理会社担当者へのヒアリング内容も交えながら、原状回復トラブルを防ぐためのポイントを整理します。
原状回復の「原則」と「例外」、よくある誤解、費用の相場感、具体的な予防策、トラブル発生時の対応までを一通り押さえることで、退去精算にかかる手間とストレスを大きく減らすことができます。健全で安定した賃貸経営の土台づくりとして、ぜひ参考にしてください。
この記事でわかること
この記事を通じて、原状回復の基本的な考え方と、貸主・借主それぞれの負担範囲の線引きが整理できます。経年劣化や通常損耗は原則オーナー負担であること、借主に請求できるのは故意・過失や通常使用を超える損耗に限られることなど、トラブル防止の前提となるルールが明確になります。
あわせて、退去時の現場で起こりがちなトラブル事例や、壁紙・床・ハウスクリーニングなど主要項目の費用相場、減価償却(耐用年数)を踏まえた負担割合の考え方も把握できます。さらに、現況確認書の作成方法、退去立会いの進め方、管理会社選びのチェックポイント、定額管理サービスや相談窓口の活用法まで、オーナーが実際に取り組める具体的な対策の全体像がイメージできるようになります。
原状回復トラブルの基本知識
原状回復トラブルを避けるためには、まずルールと定義を正しく理解することが欠かせません。「全部きれいにして出ていってもらう」のか、「通常使用分はオーナーが負担するのか」といった感覚のズレが、そのままトラブルの火種になります。
原状回復とは何か
原状回復とは、借主の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用によって生じた損耗・毀損を復旧することを指します。ポイントは、「借りた当時の状態に完全に戻す」という意味ではないという点です。人が住めば、時間経過とともに設備や内装は自然に古くなり、汚れます。この避けられない劣化は「経年劣化」や「通常損耗」と呼ばれ、原則としてオーナーの負担となります。
なぜなら、こうした通常損耗による価値の減少は、長期的には家賃収入の中で回収されるべきものと考えられているからです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、通常損耗や経年劣化は貸主負担であるという考え方が明確に示されています。2020年4月施行の改正民法でも、通常の使用による損耗について借主が原状回復義務を負わないことが明文化されました。
したがって、原状回復で借主に請求できるのは、あくまで「通常の使用」を超えた部分だけです。例えば、タバコのヤニで壁紙が著しく変色した、無断でペットを飼育してフローリングが傷だらけになった、結露を放置した結果カビやシミが広がった、といったケースが該当します。こうした線引きを理解しておかないと、オーナー側の過大請求や、借主側の「全部オーナー負担にすべきだ」という誤解につながります。
借主と貸主の負担範囲
原状回復における負担範囲は、大きく「経年劣化・通常損耗」と「故意・過失による損耗」に分けて考えます。前者はオーナー負担、後者は借主負担が基本です。日光による壁紙の色あせ、家具設置による床のへこみ、冷蔵庫裏の黒ずみ、画鋲程度の小さな穴などは、一般的な暮らしの中で避けられないものとして、オーナーが負担するのが原則です。
一方で、引っ越し作業中にぶつけた大きな傷、子どもの落書き、結露や水漏れを放置したことで広がったカビ、ペットによる柱の傷・臭い、屋内での喫煙によるヤニ汚れなどは、「注意していれば防げたはずの損耗」として、借主負担となる可能性が高くなります。最近では、室内喫煙を禁止し、契約違反時はクリーニングや張り替え費用を請求するケースも一般的になっています。
専門家でも、退去立会いの現場では「これは入居時からの傷です」と借主が主張する場面がよくあるといいます。ところが、現況確認書や写真といった客観的な記録がなければ、入居後についた損耗と判断せざるを得ません。つまり、入居時点の状態を証拠として残しておけるかどうかが、負担範囲の判断に直結します。
原状回復ガイドラインのポイント
国土交通省が公表する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、退去精算に関する裁判例や、実務で蓄積された判断基準を整理した重要な指針です。法的拘束力はありませんが、消費者トラブルの相談窓口や裁判の場でも参照されることが多く、事実上の“標準ルール”として扱われています。オーナーにとっては、不要なトラブルを避け、借主との交渉をスムーズに進めるための「最低限の共通言語」といえる存在です。
① 貸主・借主の負担範囲を、具体例で明確に整理している
ガイドラインの最大の特徴は、負担区分が曖昧になりやすい部分に対して、具体的な判断基準と実例を示している点です。たとえば、鍵の紛失や故意の破損、子どもの落書き、カーペットの大きな焦げ跡などは借主負担とされています。一方で、家具の設置跡や日焼けによる変色、設備の経年劣化による故障は貸主負担となり、入居者が生活する中で避けられない“通常損耗”として扱われます。
実務では、借主が「入居時から傷があった」と主張するケースが少なくありません。しかし、入居時の現況確認書や写真などの証拠がない場合、管理会社は入居後についた損耗と判断せざるを得ません。ガイドラインは、こうしたトラブルを避けるための判断基準として、多数の事例を整理しているため、オーナー・借主双方の共通理解に役立ちます。
② 減価償却(経過年数)を考慮した負担割合の仕組みを明示している
ガイドラインでは、原状回復費用を算定する際に「耐用年数」に基づく減価償却を考慮することが明記されています。たとえば、壁紙(クロス)の耐用年数は6年とされており、6年を経過したクロスは価値がほぼ1円とみなされます。つまり、6年以上使用されたクロスが汚れたとしても、張り替え費用を全額借主に請求することはできません。
また、入居期間によって負担割合は大きく変わります。1〜2年程度で退去した場合、残存価値が高いため借主負担は増えますが、5年以上住んでいる場合はオーナー負担が大きくなります。この考え方は床材・設備にも応用され、入居期間と設置年数を踏まえた公平な精算が可能になります。こうした「合理的な計算方法」を共有しておくことで、退去時の不要な対立を避けられます。
実務上も、減価償却を理解しているオーナーほど、見積書の金額に納得しやすく、借主との説明もスムーズに進みます。逆に、この考え方を知らないまま「全額請求できるはずだ」と思い込んでしまうと、管理会社との認識ギャップが生じやすくなるため要注意です。
③ 特約の有効性を判断するための厳格な基準を示している
ガイドラインでは、原則とは異なる扱いを特約で定める際の有効性についても、明確な基準を示しています。特約が有効となるためには、①必要性・合理性があること、②借主が内容を理解していること、③自由意思に基づいて合意していること、という三つの要件を満たす必要があります。
近年では、喫煙禁止、ペット飼育規定、無断飼育に対する違約金など、オーナー側が独自に設定する特約も増えています。しかし、借主に過度な負担を押し付けていると判断されれば、特約そのものが無効とされる可能性もあります。特に違約金の設定は慎重であるべきで、金額の妥当性や条文の書き方によってはトラブルの火種となります。
また、専門家によると、契約書の本体部分は最新の法改正に合わせて管理システム側で自動更新されるため、内容が問題になることはほとんどないとのことでした。実際に差がつくのは「特約欄」であり、ここをどう作り込むかがオーナーのリスク管理に大きく影響します。専門家に条文のチェックを依頼できる体制を持つことは、条文の精度以上に、いざトラブルが起きた際の相談先として非常に価値があります。
原状回復トラブルでよくある事例
基本ルールを理解していても、現場ではさまざまなトラブルが起こります。ここでは、賃貸経営の現場でよく見られる代表的なパターンと、その背景を確認しておきましょう。
経年劣化を借主に請求するケース
最も典型的なのが、本来は経年劣化・通常損耗としてオーナー負担である箇所まで、借主に請求してしまうケースです。長年の使用によるフローリングの色落ちや日焼け、家具による床のへこみ、年月とともに古くなった設備などを「次の入居者のために一新したい」という気持ちから、すべて借主の費用で賄おうとしてしまうと、トラブルの温床になります。
こうした請求は、ガイドラインや裁判例と照らし合わせると認められないケースが少なくありません。特に、長期入居後の退去では、経年劣化分が大きく、借主が負担すべき割合は年数に応じて小さくなっていきます。管理会社の現場でも、耐用年数や残存価値を理解していないオーナーが「もっと取れるはずだ」と不満を抱く場面があるといいますが、そこを誤ると、借主との紛争だけでなく、最終的にはオーナー自身が不利な判断を受けるリスクもあります。
高額な清掃費用の請求トラブル
退去時のハウスクリーニング費用も、トラブルになりやすい項目です。「ハウスクリーニング代は借主負担」という特約自体は一般的になりつつありますが、その金額が相場から大きく外れていると、借主の不信感を招きます。
借主に求められるのは、通常の暮らしの中で行う掃除レベルであり、次の入居に備えた専門業者によるクリーニングは本来オーナー側のコストという考え方が基本にあります。一方で、将来的なインフレや人件費高騰も踏まえると、あまりに安い設定にしてしまうと、数年後にオーナーの持ち出しが増える可能性があります。
インタビューでは、ワンルームなどであっても、平米単価1,400円前後を基準にクリーニング費用を見込んでおくと、将来的なコスト上昇にも対応しやすいという見解も聞かれました。ロフト付きなど手間のかかる物件では、さらに単価が上がる傾向があります。重要なのは、事前にオーナーと管理会社の間で「どの程度の単価を標準とするか」を共有し、契約時に借主にもわかりやすく説明しておくことです。
契約書の特約に関するトラブル
契約書の特約部分は、原状回復トラブルの焦点になりやすい箇所です。「退去時の畳・襖・クリーニング費用は理由を問わず借主が全額負担する」といった包括的な条文は、消費者契約法や判例の考え方から、無効と判断される可能性があります。
インタビューでも、契約書本体は管理システム側で法改正に合わせてアップデートされているため、大きな問題は生じにくい一方で、オーナーの要望を盛り込んだ特約欄がトラブルの分かれ目になるとの指摘がありました。特約を設ける場合は、必要性・合理性のある内容かどうか、借主がその負担を理解しているかどうかを丁寧に確認する必要があります。ペット飼育や無断飼育時の違約金など、近年ニーズの高い特約ほど、専門家にチェックしてもらう価値が高い部分です。
退去後の管理会社とのトラブル
借主との間だけでなく、オーナーと管理会社の間で原状回復費用をめぐるトラブルが起こることもあります。代表的なのが、工事内容や見積もりの中身が十分に説明されないまま、高額な請求だけがオーナーに届くケースです。
管理会社側の実務としては、見積書の中で「諸費用」など曖昧な項目にまとめてしまうと質問されやすいため、商品代と施工費を分けるなど、ある程度の内訳に分散して計上することが多いという声もあります。一方で、あまり細かく区分しすぎると、一つひとつの単価について交渉が発生し、時間だけが過ぎて募集開始が遅れるというジレンマもあります。
また、高額請求を避けようとして相見積もりを取りすぎると、発注までに時間がかかり、結果的に空室期間が長引くという問題もあります。管理会社担当者の中には「信頼できる業者を選び、基本的にはそこに任せたほうがトータルでは得になる」という考え方もあります。オーナーとしては、コストの妥当性と工程のスピード、どちらを重視するのかを整理したうえで、管理会社と方針を共有しておくことが大切です。
原状回復費用の相場と適正判断
トラブルを避けるためには、「いくらなら妥当なのか」という相場観を持っておくことが欠かせません。相場を知らないと、必要以上にコストをかけてしまったり、逆に工事を渋りすぎて物件価値を下げてしまったりする原因になります。
部位別の費用相場一覧
地域やグレードによって差はありますが、壁紙、床、クリーニングなど、主要な項目にはおおよその目安があります。例えば、量産品の壁紙張り替えは1平方メートルあたり1,000〜1,500円程度、6畳程度の部屋であれば3万〜4万5000円前後が一般的なレンジです。フローリングの張り替えは1平方メートルあたり4,000〜8,000円程度、小さな傷であれば部分補修で対応できるケースもあります。
ハウスクリーニングについては、ワンルーム・1Kで2万〜3万5000円前後、1LDK・2DKで3万〜6万円前後、2LDK以上になると5万〜8万円前後といった水準がひとつの目安になります。近年は材料費・人件費ともに上昇傾向にあり、リフォーム会社側から単価改定の連絡が来ることも増えているため、数年前の感覚のままでは「思ったより高い」と感じる場面が出てくるかもしれません。
経年劣化による減価償却の考え方
原状回復費用を考えるうえで重要なのが、設備や内装の価値は時間とともに減っていくという前提です。ガイドラインでは、壁紙は6年、流し台は5年、エアコンは6年、衛生器具は15年など、設備ごとに耐用年数の目安が示されています。
たとえば耐用年数6年のクロスの場合、入居から3年で退去する借主がいたとすると、その時点で残っている価値はおおよそ半分と考えられます。借主の過失で全面張り替えが必要になったとしても、請求できるのは工事費全額ではなく、その残存価値に相当する割合だけです。入居から6年以上が経過していれば、借主の過失があったとしても、実務上はオーナーが全額負担するのが一般的です。
このように「どれくらい価値が残っているか」という視点を持つことで、借主への請求が過大になっていないか、逆にオーナー側が負担しすぎていないかを判断しやすくなります。同時に、長期的な視点で修繕費を見込んでおくことも大切です。設備の更新費用を減価償却費として計画的に積み立てておけば、退去が集中するタイミングでも資金面の負担を抑えやすくなります。
高額請求の見分け方
提示された見積もりが高すぎるかどうかを見極めるポイントはいくつかあります。まず、「一式」という表現が多用されていないかどうかです。「補修工事一式」「クリーニング一式」といった記載ばかりだと、具体的に何にいくらかかっているのかが分かりません。商品代と施工費が分かれているか、数量や単価がある程度明示されているかを確認しましょう。
そのうえで、相場と比べて明らかに高い項目がないかをチェックします。全体金額だけでなく、クロス1㎡あたり、フローリング1㎡あたり、クリーニング1件あたり、といった単価ベースで見ると判断しやすくなります。
一方で、相見積もりを取りすぎて工事の着手が遅れると、空室期間が長引いて家賃収入の機会損失が発生します。管理会社によっては、あらかじめ信頼できる業者と単価表を取り決め、原状回復工事をスピーディーに回していく運用を重視するところもあります。オーナーとしては、どの程度まで細かく価格交渉を行い、どこからを「スピード優先」と割り切るのか、そのバランスを事前に決めておくと良いでしょう。
原状回復トラブルの原因分析
原状回復トラブルは、偶然起こるものではありません。その背景には、入居時・退去時・契約時のいずれかの段階で、「やるべきこと」が抜けているケースがほとんどです。ここでは主な原因を整理します。
入居時の確認不足
最大の原因は、入居時の状態をきちんと記録していないことです。退去時に見つかった傷が「入居前からあったのか」「入居後に生じたのか」が分からなければ、どちらが負担すべきかを冷静に判断することができません。
管理会社の多くは、入居時にチェックシートや現況確認書を渡していますが、借主が十分に記入していなかったり、写真を残していなかったりすることも少なくありません。インタビューでは、入居後何日以内までに現況確認書を提出しなければ無効になることを事前に説明し、紙に書ききれない内容はメールで写真を送ってもらうなど、実務としての運用を徹底しているという話もありました。
オーナーとしては、「現況確認書がきちんと回収されているか」「写真データが保管されているか」を管理会社に確認しておくことが重要です。この一手間が、数年後の大きなトラブルを防ぐ「保険」になります。
管理会社との情報共有不足
次に多いのが、オーナーと管理会社のコミュニケーション不足です。退去の連絡があったこと自体を知らされないまま、工事が終わってから初めて請求書だけが届く、といったケースでは、「何にいくらかかったのか」「借主との間でどのようなやり取りがあったのか」が分かりません。
ヒアリングでは、原状回復工事の施工前・施工後の写真をクラウド上に保管し、必要に応じてメールで共有するなど、オーナーが状況を把握できるようなフローを整えている管理会社もありました。報告の頻度やフォーマットは会社によって差がありますが、「退去連絡」「見積もり」「工事完了」「敷金精算」といったタイミングで、最低限どの情報をどのように報告してもらえるのかを確認しておくことが大切です。
契約書の曖昧な記載
三つ目の原因は、契約書の記載が曖昧なままになっていることです。「汚損・破損があった場合は借主の負担で原状回復する」といった一文だけでは、どこまでが経年劣化で、どこからが借主の過失なのか、読み手によって解釈が分かれます。
また、「クリーニング代は全額借主負担」と書かれていても、金額の目安が示されていなければ、借主にとっては将来の負担がイメージしづらく、不信感につながります。近年は契約書の雛形がシステム上で自動更新されるケースも増えていますが、特約欄は各社・各オーナーによってばらつきがあります。気になる条文があれば、専門家に一度見てもらうことをおすすめします。
原状回復トラブルを防ぐ対策
ここからは、トラブルを未然に防ぐためにオーナーが取れる具体的な対策を見ていきます。入居時から退去時までの流れの中で、押さえるべきポイントはそれほど多くありませんが、ひとつでも抜けると後で大きな差となって表れます。
入居時の現況確認書作成
最も効果が大きいのが、入居時の現況確認書と写真をセットで残しておくことです。管理会社に任せている場合でも、「どのようなフォーマットで作成しているか」「写真はどこに保管されているか」を確認しておくと安心です。
入居者には、入居後何日以内までにチェックと写真提出を行わないと効力がなくなることを、契約時にしっかり説明しておきます。紙で書ききれない部分は、メールで写真を送ってもらうなど柔軟な運用を取り入れると、提出率が上がりやすくなります。「ここまで記録してあるなら、退去時に揉めることは少ないだろう」という安心感は、オーナーにとっても借主にとっても大きなメリットです。
退去時立会いのポイント
退去立会いは、原状回復費用をめぐって借主と直接向き合うタイミングです。ここで重要なのは、感情論ではなく、事実とルールに基づいて淡々と確認を進めることです。
まず、室内から荷物が完全に搬出された状態で立会いを行うようにします。家具や家電が残っていると、その下の傷や汚れが確認できず、後日追加で請求せざるを得ない場面が出てきます。次に、入居時の現況確認書と写真を持参し、それと照らし合わせながら一つひとつ傷や汚れを確認していきます。
専門家も、退去時に説明した内容を後からひっくり返されないようにするため、「その場で精算内容に関するサインをもらうこと」が非常に重要だという声がありました。もし借主が興奮して署名を拒否する場合は、感情が落ち着く場所に移動したり、第三者を交えて話を整理したり、状況によっては録音などで記録を残したりすることも検討できます。
適切な管理会社の選び方
原状回復トラブルを減らすうえで、パートナーとなる管理会社の選定は極めて重要です。家賃集金や募集力だけでなく、「原状回復と退去対応にどれだけ強いか」という視点で見ることをおすすめします。
面談の際には、退去立会いの件数やトラブル件数、入居時にどのような現況確認をしているか、施工前後の写真をどのように共有しているかなど、具体的な運用を確認してみてください。また、借主からの要望をそのままオーナーに伝えるだけの「伝書鳩」になっていないか、専門知識をもとに借主側をきちんと説得できる担当者がいるかどうかも重要なポイントです。
原状回復単価の考え方や、無断ペット飼育・喫煙などのトラブルへの対応方針を聞くことで、その管理会社がどれだけ経験豊富か、オーナーと同じ目線で判断してくれるかが見えてきます。信頼できる担当者と出会えるかどうかが、トラブルの「発生しやすさ」に直結します。
定額管理サービスの活用
原状回復のたびに費用負担や見積もり確認に悩まされるのを避けたいオーナーにとって、近年広がりつつあるのが定額管理サービスです。毎月の管理委託料の中に、一定範囲の原状回復費用や設備修繕費用が含まれるタイプのサービスで、退去の有無に関わらず支払いが一定になるのが特徴です。
この仕組みを活用すれば、退去が集中した月でも突発的な支出が膨らみにくく、キャッシュフローを安定させやすくなります。また、原状回復の費用はサービス側が負担する構造であれば、管理会社としても不必要なグレードアップ工事を提案しにくくなり、オーナーとの利害のズレが生じにくいというメリットもあります。
ただし、どこまでがサービス範囲に含まれるかはプランによって異なります。経年劣化や通常損耗はカバーされても、借主の重大な過失や無断ペット飼育による大規模な損傷などは対象外となるケースもあります。契約前に対象範囲と上限額を確認し、自身の物件のリスクに見合うかどうかを検討してみると良いでしょう。
トラブル発生時の対処法
どれだけ準備を整えていても、全てのトラブルをゼロにすることはできません。万が一、借主との話し合いがこじれてしまった場合は、感情的なやりとりを続けるのではなく、第三者の力を借りながら冷静に対応していくことが大切です。
相談窓口の選び方
まず検討したいのが、自治体の相談窓口や国民生活センターなどの公的機関です。中立的な立場から、法律やガイドラインを踏まえた一般的なアドバイスを受けることができます。問題点の整理や、相手の主張が妥当かどうかの判断材料を得るうえで有効です。
賃貸住宅管理協会などの業界団体も、原状回復トラブルに関する情報を多く持っています。管理会社の対応に疑問がある場合や、オーナーとしての立場から相談したい場合は、こうした専門機関を活用するのも一つの方法です。
それでも解決が難しい場合や、金額が大きく争いが深刻な場合は、弁護士や司法書士など法律の専門家に相談することを検討しましょう。初回相談を無料で受け付けている事務所も多く、勝算や費用対効果も含めて具体的なアドバイスをもらえます。
交渉で準備すべき資料
交渉を有利に進めるうえで重要なのは、「どれだけ客観的な証拠を揃えられるか」です。賃貸借契約書、特約条項、入居時の現況確認書、入居前後の写真、退去立会い時の記録などは必須と言えます。修繕工事の見積書や領収書も、請求額の妥当性を示す資料になります。
特に、写真は非常に強力な証拠です。撮影日が分かる形で保存しておけば、「いつ」「どの程度」傷や汚れがあったのかを、第三者にも一目で示すことができます。やり取りの経緯についても、メールやメモなどを残しておくと、後で整理しやすくなります。
法的手続きが必要な場合
話し合いではどうしても折り合いがつかない場合、民事調停や少額訴訟などの法的手続きに進む選択肢もあります。民事調停は調停委員が間に入り、話し合いによる解決を目指す手続きで、非公開かつ比較的費用も抑えられます。一方、少額訴訟は60万円以下の金銭トラブルを対象とした簡易な裁判手続きで、1回の期日で判決まで進むのが特徴です。
どの手続きが適切かは、請求金額や相手方の姿勢、オーナー自身の負担許容度などによって変わります。手続きに進む前に、必ず専門家に相談し、時間・費用・得られる結果を比較検討したうえで判断することが重要です。感情的になって訴訟に進んだものの、かえって負担が大きくなってしまった、ということにならないよう、冷静な見極めが求められます。
まとめ
本記事では、原状回復トラブルの基本知識から、よくある事例、費用の相場と減価償却の考え方、原因分析、具体的な予防策、そしてトラブル発生時の対処法までを一通り整理しました。オーナーにとって最も重要なのは、「正しいルールを知ること」と「入居から退去までの記録を徹底すること」、そして「信頼できる管理会社と担当者を選ぶこと」の三つです。
入居時の現況確認書と写真、妥当な特約、退去時の立会いとサイン、施工前後の写真共有といった基本的なプロセスを丁寧に積み重ねておけば、原状回復トラブルの多くは事前に防ぐことができます。さらに、費用相場と減価償却の考え方を理解しておけば、借主にも管理会社にも、冷静で説得力のある説明ができるようになります。
原状回復は、賃貸経営の中で避けて通れないテーマです。しかし、ルールと実務を押さえてさえいれば、決して恐れる必要はありません。管理会社任せにせず、オーナー自身も仕組みを理解し、一緒に最適な運用を考えていくことで、トラブルに強く、長く続けられる賃貸経営に近づいていきます。